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源実朝(鎌倉右大臣)と、
その和歌。
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実朝について(文責・尾崎克之

実朝の人物像
十二歳で鎌倉三代目将軍に即位し二十八歳で甥の公暁に暗殺された源実朝はいったいどういう人物だったのか。各種の随筆、評論、小説作品に表現された実朝の人物像を拾う。


齊藤茂吉『源実朝』(評論集)(昭和3年)

実朝に関する研究は、歌論から文献調査、観光的資料まで、齊藤茂吉の評論集『源実朝』に極めて詳しい。その中に「実朝の性格」という一章がある。齊藤茂吉は実朝の性格はチクロチミイ(性格学者クレツチメルの立てた用語)で、もしも精神病になるなら躁うつ病の部類である、と書いている。これに分類される海外の文学者として、バイロン、ルーテル、ケルレン、ゲーテなどがいるとしている。


大仏次郎『源 実朝』(小説)(昭和17年~21年)

大仏次郎にとって実朝は“新樹”のごとき青年だった。大仏次郎にとって実朝の人物は「混沌とした性質のまま、若木は伸びて行くのである」(新樹・二)の一文に端的に表現されている。


太宰治『右大臣実朝』(小説)(昭和18年)

太宰治は実朝を、吾妻鏡に残された記事を元に、己が理想の偶像として描いている。『右大臣実朝』にはその人物が次のように書かれている。

「あのお方の御環境から推測して、厭世だの自暴自棄だの或いは深い諦念だのとしたり顔して囁いていたひともございましたが、私の眼には、あのお方はいつもゆったりして居られて、のんきそうに見えました。大声あげてお笑いになる事もございました。その環境から推して、さぞお苦しいだろうと同情しても、その御当人は案外あかるい気持で生きているのを見て驚く事はこの世にままある例だと思います。だいいちあのお方の御日常だって、私たちがお傍から見て決してそんな暗い、うっとうしいものではございませんでした。」

「それは、あのお方が十七歳になられたばかりの頃の事だったのでございますが、おからだも充分に大きく、少し伏目になってゆったりとお坐りになって居られるお姿は、御所のどんな御老人よりも、分別ありげに、おとなびて、たのもしく見えました」

実朝が確かにこうであったなら、どんなにかいいだろうと、正直に思わせる。


小林秀雄「無常という事『実朝』」(随筆)(昭和18年)

“僕は、実朝という一思想を追い求めている”“実朝という物品を観察しているわけではない”としたうえで、小林秀雄の「無常という事『実朝』」には、次のような文章がある。

「公暁は、実朝暗殺の最後の成功者に過ぎない。頼家が殺された翌年、時政夫妻は実朝殺害を試みたが、成らなかった。この事件を、当時十四歳の鋭敏な少年の心が、無傷で通り抜けたと考えるのは暢気過ぎるだろう。彼が、頼家の亡霊を見たのは、意外に早かったかも知れぬ。亡霊とは比喩ではない。無論、比喩の意味で言う積りも毛頭ない。それは、実朝が、見て信じたものであり、恐らく、教養と観察とが進むにつれ、彼がいよいよ思い悩まねばならなかった実在だった事に間違いはあるまいから。」

「恐らく、実朝の憂悶は、遂に晴れる期はなかったのであり、それが、彼の真率で切実な秀歌の独特な悲調をなしているのである。」

「こういう心に一物も貯えぬ秀抜な叙景が、自ら示す物の見え方というものは、この作者の資質の内省と分析との動かし難い傾向を暗示している様に思われてならぬ。」

「何か苛立たしいもの、苛立たしさにじっと堪えているものさえ、感じられるのではないか。」

「いかにも独創の姿だが、独創は彼の工夫の内にあったというより寧ろ彼の孤独が独創だったと言った方がいい様に思う。自分の不幸を非常によく知っていたこの不幸な人間には、思いあぐむ種はあり余る程あった筈だ。」

「人にはわからぬ心の嵐を、独り歌によって救っている様が、まざまざと見える様だ。」

「実朝は、決して歌の専門家ではなかった。歌人としての位置という様なものを考えてもみなかったであろう。将軍としての悩みは、歌人の悩みを遥かに越えていたであろう。」

「新旧の思想の衝突する世の大きな変り目に生きて、あらゆる外界の動きに、彼の心が鋭敏に反応した事は、彼の作歌の多様な傾向が示す通りである。影響とは評家にとっては便利な言葉だが、この敏感な柔軟な青年の心には辛い事だったに相違ない。様々な世の動きが直覚され、感動は呼び覚まされ、彼の心は乱れたであろう。」

「彼が歌の上である特定な美学を一貫して信じた形跡が全く見当らぬのは、彼が人生観上、ある思想に固執した形跡の少しも見当らぬのと一般である。」

「当時の歌人達に愛好された心を観じて悲しみを得るという観想の技術を、彼は他の技術と同列に無邪気に模倣したに相違ないのだが、彼の抒情歌の優れたものが明らかに語っている様に、彼の内省は無技巧で、率直で、低徊するところがない。」

「この画家は極めて孤独であるが、自分の孤独について思い患う要がない。」

「彼は確かに鋭敏な内省家であったが、内省によって、悩ましさを創り出す様な種類の人ではなかった。確かに非常に聡明な人物であったが、その聡明は、教養や理性から来ているというより寧ろ深い無邪気さから来ている。」

「僕は、浪漫派の好む永遠の青春という様なものを言っているのではない。その様な要素は、実朝の秀歌には全くない。青年にさえ成りたがらぬ様な、完全に充足した純潔な少年の心を僕は思うのである。」

「彼には、凡そ武装というものがない。歴史の混(出典は旧字)濁した陰気な風が、はだけた儘の彼の胸を吹き抜ける。これに対し彼は何等の術策も空想せず、どの様な思想も案出しなかった。」

「奇怪な世相が、彼を苦しめ不安にし、不安は、彼が持って生れた精妙な音楽のうちに、すばやく捕えられ、地獄の火の上に、涼しげにたゆたう。」


吉本隆明『源実朝』(評論)(昭和46年)

吉本隆明の『源実朝』は、“制度”をキーワードとしてその生涯、歌、当時の政局が解かれている。実朝の人物について敢えて積極的に触れていると思われるのは次の箇所のみだ。

「おもうに実朝は、少年のときからずいぶんながく自分の<死>を持ちすぎてきたともいえる。(中略)少年のうちからいやおうなしに、じぶんの<死>の瞬間を思い描かねばならない境涯にあるとすれば、人間はどういう生き方ができるのだろうか。そこに<実朝的なもの>の象徴があらわれる。むこうからくる<死>が暗殺であっても自殺であっても、また自然死であっても、こういう境涯を永らえることは、たぶん、誰にとっても不可能である。かりに他者が<死>を仕向けなくても、内発的に肉体か精神が瓦解せざるをえないはずである。そして<実朝的なもの>は暗さも明るさも無意味であるような場所まで追いつめられて、たどりついたといってよかった。」


中野孝次『実朝考 ホモ・レリギオーズスの文学』(評論)(昭和47年)

「ホモ・レリギオーズス(宗教的な人間)の文学」と副題にある通り、中野孝次は“無私といっていいほどの優しさ”“他者に対する深くゆたかな共感”を実朝に見て論じている。後鳥羽院に対する実朝の盲目的とも言える従順さについて中野孝次はこう書いている。

「彼は伝統という目に見えぬものへの尊重と、心情的理由を、現実政治より優先させてしまっているのだ。政治家として不適格というしかない。これを見れば実朝は、単に京と鎌倉のどちらにも帰属しなかったばかりではない、およそ現世での生存の前提条件である「何者かであること」つまりこの世でたしかになんらかの有能な機能を果たしているということさえも超越してしまっているのである。」


橋本治『これで古典がよくわかる』(入門書)(平成9年)

小林秀雄の恵み』の中で小林秀雄の『実朝』を“非の打ちどころがない”と評した橋本治は、古典の“わかり方”をガイドした『これで古典がよくわかる』の中で実朝についてこう書いている。

「彼は「自分の現実」にそっぽを向いて、「ススんだ都会の文化」である和歌に生きがいを見いだすしかありませんでした。「お飾りの将軍」だった彼は、それをしても許される立場にいました。そしてまた同時に、彼のまわりには、彼のことを理解してくれる人なんか一人もいなかったのです。」

「源実朝は、その後に登場する「文学にしか自分の生きるよりどころを見いだせない」という文学青年の最初で、「おたく青年」の元祖なんです。」


岡松和夫『実朝私記抄』(小説) (平成12年)

昭和51年度の芥川賞受賞作家・岡松和夫が小説化した実朝は、栄西に強い影響を受け仏僧となることを理想とした人物として描かれている。渡宋計画、唐舟の造船計画についても陳和卿が登場するかなり以前からの思惑として書かれており、一種、ベンチャー起業家のようなイメージさえこの実朝にはあって、独特だ。次のような人物イメージである。

「栄西和尚、これはまだ私ひとりの考えですが宋から名のある高僧を迎えることはできぬものでしょうか。私が大倉郷の東のはずれに建立を考えている寺に宋の高僧を迎える。これができれば鎌倉の人の心は確実に変わるはずです。京の人の心もです。京では、鎌倉の者たちは、専ら人の命を絶つことを宿業としていると思っているはずですから。」

「武者は普通、死地を見つけようとしております。自分の仕える者のために死ぬると言ったらよいか。和田の武者たちも多くそのようにして死んでいきました。しかし、それでよいのかどうか。武者たちにも自分独自の夢があってよいのではと思うようになりました。」


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