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源実朝(鎌倉右大臣)と、
その和歌。
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関連文献書棚(文責・尾崎克之

大仏次郎『源 実朝』
大仏次郎『源 実朝』(昭和17年~21年)

中野孝次『実朝考』講談社文庫版の解説で文芸評論家・小笠原賢二が“実朝論の時代”と表現しているように、昭和十年代末期は源実朝を語ることが文芸上のひとつの潮流となった。「鞍馬天狗」をはじめとする歴史小説で知られる小説家・大仏次郎の『源 実朝』もそこに位置づけられる。大仏次郎は、小津安二郎が映画化した「宗方姉妹」の原作者でもある。

『源 実朝』は「新樹」と「唐ふね」の二部から成る。構成上の理由ではなく戦争という外圧により二部構成となった。昭和17年から18年にかけて婦人公論に連載された部分が「新樹」、昭和20年から21年にかけて新女苑に連載され完結を見たのが「唐ふね」である。大仏次郎は昭和18年末に海軍報道班員として出征した。

大仏次郎は住まいを鎌倉に構えていて“鎌倉住ひはいつかは鎌倉時代を書いて見ようと僕の野心を培ひ、かねて支度してゐて、漸く実朝から手を着けるわけである”(婦人公論・昭和17年八月号)と連載予告に書いた。その通りに『源 実朝』はまずその風景描写の現実感が高く、実朝をとりまいていたはずの環境のいくつかをあらためて気づかせてくれる。「新樹」の出だし、鎌倉の都の描写にこうある。

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土用浪の音が暗い町を筒抜けに、海から遠い山に達している。秋が本式に腰を据え汐が冷たく海が静かになるまでは、日を措いては地軸を揺って高浪の音が町を蔽うのである。
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海辺を故郷または住まいとしない者にとっては、生活の音は、雨風の音と身近な生活用具、食器、家具がたてる音がすべてだ。実朝が住まった鎌倉はとにかく海辺なのであって、ときにまたは常に海の音がそこに加わっていたであろうことは、不注意だがあまり気がつかない。それを知るとたとえば、金槐和歌集・秋部にある次の歌、

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ながめやる心もたえぬわたのはら八重の潮路の秋の夕暮れ
(意:眺めていると、考えというものが無くなってくる。秋の夕暮れに、海の、またその向こうの先の海を。)
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には、無心という抽象に海の音という具象が鮮やかについてきもする。

『源 実朝』は、当時の政局についての興味を中心に、それが比較的強く描かれている。主人公は実朝というよりも北条義時といった方が、その梗概は伝わりやすいように思われる。作者・大仏次郎にとって実朝は“新樹”のごとき青年だった。大仏次郎にとって実朝の人物は「混沌とした性質のまま、若木は伸びて行くのである」(新樹・二)の一文に端的に表現されている。


ひき続き、太宰治「右大臣実朝」小林秀雄「実朝」吉本隆明「源実朝」中野孝次「実朝考 ホモ・レリギオーズスの文学」を掲載してまいります。


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